ガザ戦争からイラン・イスラエル全面衝突へ エスカレートする中東の戦争
Oct 04, 2024こんにちは! オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。
1.制約なき戦争に踏み切ったイスラエル
前号で、イスラエルがヒズボラに対する奇襲攻撃を仕掛け、戦争を新たな段階に引き上げてきたことから、その後のヒズボラの対応次第で全面戦争に発展する危険があることを指摘しました。
しかし、その後、予想をはるかに超える展開が起きており、中東は、「イランとイスラエルの全面戦争リスク」というかつてない極めて危険な状況に直面しています。
ヒズボラがポケベルの一斉爆破と翌日のトランシーバー爆破事件で混乱に陥っていた9月18日、イスラエル政府は、「(ヒズボラが)レバノン南部から部隊を撤退させ、国境を越えたロケット砲や迫撃砲による攻撃を停止しない限り、イスラエル軍はヒズボラとの衝突の新たな段階に入る」と発表しました。これは事実上ヒズボラに対する「最後通牒」だと思いました。
これに対して19日、ヒズボラの指導者ナスララ師は、「イスラエルがガザ地区での戦争を終結させるまで、ヒズボラの活動は停止しない」と述べて、イスラエルの最後通牒を正式に拒否しました。これによりイスラエルによる全面的な対ヒズボラ攻撃の火蓋が切られました。
19日、イスラエルは、レバノン南部全域のヒズボラの標的に対して空爆を開始。翌20日には、ヒズボラの軍事作戦の総責任者で、ヒズボラの特殊部隊「ラドワン部隊」の最高司令官だったイブラヒム・アキルと同部隊の幹部11人を空爆で一気に殺害してしまいました。
イスラエル軍は、23日には、レバノン全土1300カ所以上に巡航ミサイル、中距離および短距離ロケット、無人航空機で空爆を行い、たった一日で女性や子供を含む500人以上を殺害、1600人を負傷させました。イスラエルは、民間人の巻き添え被害など一切気にせずに、ヒズボラを完膚なきまで叩きのめすような攻撃を始めたのです。
そんな中、9月25日に米国とフランスは共同声明で、イスラエルの北部国境での戦闘を21日間停止するよう呼びかけました。バイデン政権は「ヒズボラとイスラエルはこの提案に同意するだろう」と発表しましたが、この声明は結果としてバイデン政権のイスラエルに対する影響力のなさと国際的な指導力の低下を世界に示すことになりました。
翌日にイスラエルのネタニヤフ首相は、ヒズボラとの即時交戦停止案を拒否したことが明らかになりました。さらに27日にネタニヤフ首相は国連総会で演説し、「イスラエルにはヒズボラの脅威を取り除き、自国民を安全に帰国させる権利がある。われわれの目的がすべて達成されるまで、ヒズボラの弱体化を継続する」と述べて、米仏の停戦の呼びかけに応じない姿勢を鮮明にしたのです。
そしてその演説の数時間後、イスラエル軍はレバノンの首都ベイルート郊外のヒズボラ本部を空爆したことを発表。さらにその数時間後にイスラエルは、ヒズボラ最高指導者ナスララ師を殺害したことも発表しました。翌日、ヒズボラも同師が殺害されたことを公式に認めたのです。
ナスララ師をはじめとするヒズボラの幹部たちはこの日、ヒズボラ本部の地下18メートル以上の深い地中にある防空壕に集まっていたのですが、イスラエル軍は、米軍から提供された2,000ポンドという巨大なバンカーバスターを80発も投下してナスララ師や幹部たちを抹殺してしまいました。
米軍はかつてイラク北部の都市部に500ポンド爆弾を落としたことで国際的な非難を浴びたことがありますが、レバノンの首都の人口密集地域に2000ポンド爆弾を80発落とすのですから、狂気の沙汰としか思えないような常軌を逸した攻撃です。
イスラエルが、目的を達成するために手段を選ばず、アクセル全開で突進している様子がよくわかるエピソードです。
2.イスラエルによる地上侵攻作戦とイランの報復攻撃
イスラエルは、ナスララ師殺害後もレバノン国内のヒズボラの軍事拠点を破壊する空爆作戦を続け、10月1日にはレバノン南部への地上侵攻を開始しました。イスラエル軍は同日、レバノン国境付近のヒズボラの標的に対する「限定的な」地上侵攻作戦を開始したことを発表したのです。
しかしその直後、何とイランは、イスラエルに向けて100発以上のミサイルを発射したと発表。イランは、イスラエルによるナスララ師殺害と7月末にテヘランでハマス指導者が暗殺されたことに対する報復として、イスラエルに向けて180発の弾道ミサイルによる攻撃を行ったのです。
イランはイスラエルの3カ所の軍事基地を狙ったと発表しており、実際にイスラエル南部ネバティム空軍基地の軍用飛行場にある航空機格納庫の屋根に大きな穴が開いている衛星画像が公開されました。
またテルアビブ南部でも学校の校舎が損害を受けたといった報告がなされており、人的な被害は少なかったものの、多数の住民がシェルターへの避難を余儀なくされるなど、心理的に大きな影響を受けたとされています。
イランは、ハマス指導者をテヘランで暗殺され、ヒズボラ指導者まで殺害され、ここで行動を起こして「強さ」を示さなければ、イスラエルに「弱い相手」だと見なされ、今後のイランに対する攻撃を抑止できないと考えた、といった解説がなされましたが、イランがイスラエルの行動を抑止することを狙っていたのだとすれば、その計算は間違っていたのではないか、と筆者は考えています。
現在のイスラエルは、半年前のイスラエルとは違います。この程度の攻撃で、イランに対する報復を思いとどまるはずがありません。
これまでイスラエルがイランに対する直接攻撃を思いとどまっていたのは、ヒズボラやハマスといったイランの代理勢力がイスラエルのすぐ近くにいて、脅威となっていたからです。イランに攻撃すれば、10万発以上のロケット弾やミサイルを持つヒズボラがすぐ近くから攻撃してくるかもしれない。ガザのハマスも同時に暴れるかもしれないという脅威が、イスラエルの行動を抑制してきた側面があるのです。
しかし、一年におよぶガザ戦争によりハマスは軍事組織としては完全に弱体化させられ、過去数週間の激しい攻撃により、ヒズボラも最高指導者を始め数多くの司令官を失い、保有する兵器の半分は破壊されたと考えられています。
もちろん、長期的にはハマスもヒズボラも組織を再構築する可能性がありますが、現時点でその戦力は著しく低下しています。しかも米国は大統領選挙の一カ月前で、ハリス氏にとってもユダヤ系住民の票が重要であるため、バイデン政権はイスラエルに対して圧力をかける意志はまったくありません。
この「千載一遇」のチャンスに、反イランの急先鋒であるネタニヤフ首相が、イランに対し強力な反撃をしない理由を探すのが難しいくらいです。
3.イスラエルにとってイラン攻撃の「千載一遇」のチャンス到来
10月1日、ネタニヤフ首相は「イランは今夜、大きな過ちを犯した。そして、その代償を支払うことになるだろう」と述べました。「イラン政府は、自国を守るというわれわれの決意と、敵に対して報復するわれわれの決意を理解していない」と。非常に怖い発言だと思います。
イスラエルは、これまでのように「比例の原則」、つまり、受けた攻撃とつり合いのとれた程度の反撃をするとは限りません。それどころか、今の「狂気のイスラエル」であれば、10倍返し、100倍返しの報復攻撃を行う可能性もあるでしょう。
すでに「イスラエルがイランの石油施設を攻撃するのではないか」とか、「イランの核施設を攻撃するのではないか」、といった情報が飛び交っています。メディアでは、イスラエルがどこを攻撃するのかといった議論が多くなされていますが、大事なのは、イスラエルが軍事作戦の目標をどこに設定するかです。
イスラエルは「イランの現体制の崩壊」を政治目標に設定するかもしれません。その場合、最高指導者であるハメネイ師をはじめイランの主な政治指導者の暗殺、軍司令官含め軍高官及び軍事組織の司令部破壊、政府機関の徹底的な破壊といった作戦を行ってくる可能性があります。
もしイスラエルが、「今後同国にとって大きな脅威となり得るイランの軍事力の破壊」を目標に設定したとすれば、イランの将来の核武装を阻止するため、ウラン濃縮施設を中心に既知のイランの核関連施設を破壊し、全てのミサイル関連基地や製造施設、軍事基地や可能な限りの軍事施設を破壊し、さらにイラン革命防衛隊の高官や関連インフラを破壊するような攻撃を考えるでしょう。
もしイスラエルが、「今回のイランによる攻撃に対する懲罰を与えること」または「一定程度イランの軍事能力を破壊すること」を目標に据えるのであれば、今回のイスラエルに対する攻撃に使われた部隊や基地、さらなる攻撃準備をしているミサイル部隊や基地、それにレーダー施設や防空施設などを破壊する。また、懲罰としてイランの軍事能力を支える経済的なインフラ、石油関連施設や港湾施設などを破壊する攻撃が考えられるでしょう。
こうして考えてみると、イスラエルがかなり控え目な目標を設定したとしても、相当な規模でイランの本土を攻撃することになりそうです。そしていずれの場合も、イランがさらなる報復攻撃をする可能性は高く、エスカレーションが止められなくなる可能性があります。
イスラエルは現在、かなりフリーハンドでイランを攻撃できる状況が生まれてしまっています。これは歴史的に見ても極めて珍しい状況です。ですから、イスラエルがイランに大規模攻撃を仕掛ける可能性があること、その後のイランの対応次第でさらに戦争が地域全体にエスカレートする可能性があることを考慮する必要があるでしょう。
今後、イスラエルがどんな目標設定をしてどんな攻撃を仕掛けるか。それによってさらなるエスカレーションが起きてしまうかどうかが決まってきます。引き続き、今後の中東情勢を注意深く追っていきたいと思います。
世界は今、100年に一度の大きな変動期を迎えています。今こそ歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を基本から学ぶことが必要になっています。
今後とも一緒に学んでいきましょう!
菅原 出
OASIS学校長(President)