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ガザ戦闘再開に踏み切ったイスラエルの狙い

イスラエル ハマス 学校長 飛耳長目 Mar 27, 2025
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは。オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

1.ガザ戦闘再開で極右勢力の支持確保

3月18日にイスラエル政府は、米国の停戦延長案をハマスが拒否したとしてガザ地区への攻撃を開始。1月中旬から続いていた停戦はわずか2カ月で破綻し、戦闘が再開されました。

イスラエルのネタニヤフ首相は3月12日、トランプ米大統領の特使であるスティーブ・ウィトコフ氏が提案したガザ停戦第一段階の延長案を支持していました。しかしハマスは、3月14日に米国案を受け入れる代わりに、米国人の人質一人だけを解放する提案を行いました。ハマスは、「米国民の解放を優先させたい」トランプ政権の足元を見て、米・イスラエルの分断をはかり、交渉を有利に運ぼうと考えたのかもしれません。

ハマスとしては、手持ちのカード(人質)をなるべくたくさん残したまま第二段階の交渉に入りたいと考えていたようですが、ネタニヤフ首相は、ハマスが「心理戦」を仕掛けてきたと非難してこの提案を拒否。軍事的な圧力を強化することでハマスに圧力をかけるため、空爆作戦を開始する選択肢を選んだとされています。

トランプ政権も、ガザの停戦崩壊はハマスに責任があるとして、イスラエルを支持する姿勢を示しました。

しかし、イスラエルがハマスとの戦闘再開に踏み切ったのには、他の事情もありそうです。

ネタニヤフ首相は、3月31日までに議会で国家予算案を可決するのに十分な票を集めなければ、イスラエルの法律により、解散をしなくてはなりませんでした。ネタニヤフ首相は、連立与党の各政党と予算をめぐって協議を進めていましたが、超正統派ユダヤ教政党の一部が予算案の可決を阻止する動きを見せていました。

予算案可決までの期日が迫るなか、ネタニヤフ首相は、ガザで戦闘を再開させることで、戦争の再開を主張していた極右政党の支持を取りつける必要があったようです。実際、イスラエルの空爆開始から数時間後、極右政党「ユダヤ人の力」は、イスラエルが「激しい戦闘」に戻ったことを歓迎し、ネタニヤフ政権に復帰し、議会の票数を増やすことを発表しました。

25日にイスラエル国会は、2025年の予算案を可決しました。ネタニヤフ首相は、ガザへの大規模空爆で極右の支持を得て、解散・総選挙を回避。政権の運営安定化に成功した形となりました。

2.国防省に新設された機関の目的とは?

ネタニヤフ政権の今回の軍事行動には、極右の支持を取りつけて政権を安定させるという国内事情の他にも理由がありそうです。それは、トランプ大統領が2月に打ち出した「米国によるガザ所有計画」の実現を支援することで、ガザ攻撃に対するトランプ政権の支持を確実なものにする、という狙いです。

21日、イスラエルのカッツ国防相は、「ハマスが残りの人質を解放しなければ、ガザ地区の一部を恒久的に占領し、住民を強制退去させる可能性がある」と警告しました。同国防相はこの日、イスラエル軍がガザ地区の北部と南部を分断する重要な回廊の大部分を再び掌握し、軍にその一部を占領し、住民を避難させるよう指示したことも明らかにしました。

どうやらイスラエルは、ガザ地区からパレスチナ人を追い出し、「トランプ大統領のガザ計画」を強制的に実現させるための新たな作戦を開始したようです。

23日、イスラエルは停戦合意の一環として撤退した地域に兵士たちを戻し、ガザ地区を南北に二分するネツァリム回廊にも軍を再展開。さらにイスラエルは、過去数日間、ガザを拠点とするハマスの政治指導者たちを次々に殺害しています。

この日、イスラエル軍はガザ地区の病院を空爆し、ハマスの政治局上級メンバーであるイスマイル・バルハムを殺害したと発表。イスラエル政府はこの人物がハマスの資金調達に関与しており、「ガザの新しいハマス首相」と表現しています。この人物は、イスラエルが過去数日間で殺害した4人目のハマス高官だとされています。

まるで昨年秋にレバノンのヒズボラの幹部たちを次々に殺害し、同組織に壊滅的な打撃を与えた攻撃を彷彿させるような容赦ない攻撃に見えます。

実は22日の夜に開かれたイスラエル政府の安全保障会議で、国防省内に新たな組織を設立するというカッツ国防相の提案が承認されたことが報じられています。この部局は、「パレスチナ人が『自主的に』ガザ地区を離れることを可能にすることを任務とする」行政機関になるとされています。

23日の朝にカッツ国防相の事務所は声明を発表し、新設されるこの部署は「ガザ地区住民の安全で管理された第三国への自主的出国の準備と実現に向けた取り組みを行う」と発表しました。「自主的出国」という点が強調されていますが、要はガザからパレスチナ人を追い出すことを支援するための組織のようです。

この声明では、「ガザ地区からの移住を希望するガザ地区住民の移住を可能にするための取り組み」は、「イスラエルおよび国際法に従い、ドナルド・トランプ米大統領のビジョンに沿って」実施されるとなっています。

「我々はあらゆる手段を講じて米国大統領の構想を実現しようとしており、第三国への移住を希望するガザ地区の住民には、その希望を叶えるつもりだ」とカッツ氏は述べました。

3.「トランプ氏のビジョンを実現する」作戦

2月上旬にトランプ大統領が突如発表した「ガザ所有計画」について覚えているでしょうか。米国がガザを「所有し」、リゾート開発をするという驚愕の計画で、そのためにガザの住民の移住を促すことをトランプ大統領は発表しました。もっともトランプ氏のなかでは、この計画にはアラブ諸国からの反対が多く非現実的なため、すでに過去のものになっている可能性が高いのですが、イスラエルはここに来て、この「トランプ計画」を実現することを名目に、ガザでの軍事作戦を進めようとしているようです。

米国の停戦延長案をハマスが拒否したことは、イスラエルにとって、停戦協議破綻の責任をハマスに押しつけることのできる絶好の機会になりました。また米国自身がイエメンのフーシ派に対する軍事作戦を実施している最中でもあり、イスラエルの軍事行動に対する米国や国際社会からの批判も限定的に出来る、とイスラエルは考えた可能性があります。

この状況をイスラエルは戦略的なチャンスと捉え、「トランプ大統領のビジョンを実現する」という名目でガザでのハマス掃討作戦を大々的に実施し、ガザから「パレスチナ人を移住させることを可能にする取り組み」を進める、というのです。

これだけ高らかに「トランプ氏のビジョンを実現する」と謳われたら、トランプ政権は反対できないでしょう。この際、イスラエルの行動を支援しようということになるのではないかと思います。誰もイスラエルを止められない状況をつくっておいて、ネタニヤフ政権はガザからパレスチナ人を追放することを狙っているのではないかと思います。

ガザ戦争は新たな段階に突入。残念ながら中東の混乱が拡大しそうです。

 

世界は、まさに100年に一度の大きな変動期を迎えています。歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を学ぶことがますます重要な時代になっています。共に学んでいきましょう。

菅原 出
OASIS学校長(President)


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