「トランプ効果」でガザ停戦合意
Jan 17, 2025こんにちは。オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。
1.イスラエルとハマスが遂に停戦に合意
いよいよ来週、1月20日にドナルド・トランプ氏が第47代アメリカ合衆国大統領に就任します。しかし、驚くことに、同氏が大統領に就任する前から、すでに「トランプ効果」が現れています。
1月15日、ガザ戦争の停戦協議を仲介してきたカタール政府は、イスラエルとハマスが今月19日から6週間停戦し、ハマスが33人の人質を解放することで合意したと発表しました。
第一段階で解放される33人の人質には、女性や子ども、50歳以上の男性、病気や負傷した人々が含まれるとのこと。合意文書によると、第一段階の開始時にイスラエルは軍をガザ東部に移動させ、7日目にはガザ南部に避難したパレスチナ人がガザ北部への帰還を開始できることになっています。
第一段階の16日目までに、第二段階(同じく6週間)の交渉が開始され、特に人質とパレスチナ人囚人のさらなる交換に関する詳細について協議が続けられる予定。また第二段階では、イスラエルとハマスが「恒久的な戦闘停止」を宣言し、イスラエル軍はガザから撤退し、残された人質はパレスチナ人囚人と交換される、との合意内容になっています。
実はこのカタール政府の発表よりも少し前に、トランプ次期大統領はSNSで「中東の人質のための交渉がまとまった。人質はまもなく解放されるだろう。ありがとう」と投稿していました。
2.バイデンとトランプどちらの成果か?
1月13日にバイデン大統領は、「イスラエルとハマスの停戦合意が間近に迫っている」と発表。「数カ月前に私が詳細に説明した提案が、ついに実現しようとしている」と述べていました。
また同日、サリバン国家安全保障問題担当大統領補佐官も、バイデン政権の関係者がトランプ次期政権と調整し、イスラエルとハマスに統一したメッセージを伝えたと説明。トランプ次期大統領が中東特使に指名したスティーブ・ウィトコフ氏は、その前週の大半をカタールで交渉に費やし、先週末にはバイデン政権の交渉担当者であるブレット・マクガーク氏と共にイスラエルのネタニヤフ首相と会談したことが報じられていました。
次期政権のメンバーが、政権発足前にこのような外交交渉に加わるというのは、米国の政権移行の歴史でも極めて珍しいケースです。
イスラエルと米国の当局者は1月13日の時点で、「解放する人質の数や時期、釈放されるパレスチナ人囚人の数、イスラエル軍がガザ地区に残留するか否かなどを含め、事実上すべての未解決問題が解決された」と述べていましたので、合意は近いと考えられていました。
この停戦合意については、バイデン大統領、トランプ次期大統領双方が「自分の手柄だ」と発表しており、メディアでは「どちらの手柄か」といった報道が目立っています。しかし実際には、両指導者が個人的な感情を脇に置き、共通の目標を達成するという、驚くべき協力関係を通じて実現した合意だと言えるでしょう。
合意内容自体は昨年5月にバイデン大統領が発表した停戦案がベースになっており、過去数カ月間のバイデン政権中東チームの努力と働きかけがなければ合意の達成が不可能だったことは間違いないでしょう。
しかしその一方で、完全に行き詰まっていた停戦協議が再び動き出したのは、トランプ氏が当選し、「自身の大統領就任までに戦争を終えろ」という明確な期限をつけたからに他なりません。
実際、トランプ次期政権の中東特使に指名されたウィトコフ氏は、昨年11月下旬にイスラエルのネタニヤフ首相とカタールのアル・サーニー首相と個別に会談。その直後の12月4日にアル・サーニー首相は、「トランプ次期大統領が来年1月20日までに取引をまとめたい」と聞いていると述べて、それまで停止していたガザ停戦協議の仲介を再開しました。このカタールの動きは、まさに「トランプ効果」の産物だったと言えるでしょう。
実際には、バイデン政権とトランプ次期政権がうまい具合に役割を分担して交渉を進めていったと考えられます。バイデン大統領の中東特使マクガーク氏が合意の詳細を詰める作業に深く関与する一方で、トランプ氏の特使であるウィトコフ氏は、「トランプ氏が大統領就任までの合意を望んでいる」ことを関係者に念を押して圧力をかける役割を担ったのです。
米国陣営内で、「イスラエルのネタニヤフ政権が合意締結に消極的である」ことに対する不満が強まっていましたので、バイデン政権のチームにトランプ次期政権のメンバーが加わったことを受けて、ネタニヤフ首相は「自分が足を引っ張っている」とトランプ氏に思われたくない、との心理が働いた可能性があるでしょう。
1月11日に、ウィトコフ氏はユダヤ教の安息日にもかかわらず、カタールからイスラエルに飛び、ネタニヤフ氏に「トランプ氏が望んでいることだ。停戦案に合意するように」と強く促したと伝えられています。去り行くバイデン氏に嫌われても問題ないが、これから大統領に就任するトランプ氏に嫌われたくない、とネタニヤフ氏が思ったとしても不思議ではありません。
象徴的だったのは、停戦合意が発表された15日午後のネタニヤフ首相のニュースリリースです。この中でネタニヤフ氏は、トランプ氏を称賛し「人質解放の進展に向けた支援と、イスラエルが数十人もの人質とその家族の苦しみに終止符を打つための支援」に感謝の意を表しました。その一方でバイデン大統領については、リリース文の最後の行のみで言及し、「人質解放の進展に向けた支援に関してバイデン氏にも感謝した(thanked him as well for his assistance in advancing the hostages deal)」となっていました。「thanked him as well」という表現にはかなり笑えます。
かつて米国の民主党および共和党の両政権で中東担当の高官を務めたことのあるデニス・ロス氏は、「トランプ効果があった」と断言。「ネタニヤフ氏はトランプ氏に逆らえないと感じており、次期米大統領が二期目の就任当初から優位な立場に立つことができる」と述べています。私もこの見方に同意しています。
3.「トランプ効果」はどこまで続くか
いずれにしても、米国の新旧両政権が協力するという、米国の歴史上極めて珍しいコラボの結果、ガザ停戦が実現したと言えるでしょう。これは1月20日に就任するトランプ氏にとって大きな追い風になり、今後の中東政策が進めやすくなる可能性があります。
トランプ次期大統領は、バイデン政権が達成できなかったサウジアラビアとイスラエルの関係正常化を実現して、アラブ諸国とイスラエルの関係正常化を進めるいわゆる「アブラハム合意」を拡大させることに意欲を示しています。
一方のネタニヤフ首相も、今回閣内の極右勢力の反対を押し切ってガザ停戦に合意した以上、今後もトランプ氏の望む拡大アブラハム合意に協力する方向に進まざるを得なくなるでしょう。
ネタニヤフ氏が極右勢力を黙らせるには、トランプ氏に協力してさらに大きなサウジアラビアとの関係正常化を成し遂げて、国内外の広範な支持を確保するしか政治的に生きる道はなくなっていくと思われます。
中東で今後も「トランプ効果」が続くのか、引き続き注目してみていきたいと思います。
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今年もOASISを通じて皆様とたくさんの学びを共有したいと思っています。どうぞ宜しくお願い致します。
菅原 出
OASIS学校長(President)