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OASIS学校長 菅原出の「飛耳長目」 - 2023年7月10日

学校長 飛耳長目 Jul 10, 2023
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは!オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

ロシアの民間軍事会社ワグネルが武装蜂起するというとんでもない事件が勃発しました。日本のメディアでも大きく取り上げられましたので、読者の皆さんも関心をお持ちだと思います。ここでは、この事件に至った背景や今後の動向について考えてみたいと思います。

 

この記事の目次

  • 武装反乱起こすも取引に応じたプリゴジン
  • プリゴジンとワグネルを「捨て駒」にしようとした露国防省幹部
  • ワグネルVSロシア軍
  • 低下するプーチンの統率力

武装反乱起こすも取引に応じたプリゴジン

6月23日夜、ワグネルの創設者プリゴジンは、ウクライナへの悲惨な侵攻の結果、軍の指導者が「何万人ものロシア兵を殺害した」と非難。国防相と陸軍幹部を「懲らしめる」「国の軍事指導部によって広げられている悪を止めなければならない」などと述べてモスクワへの進軍を宣言しました。

ワグネルの部隊は、ロシア南部ロストフナドヌーの南部軍管区司令部を占拠し、地方政府庁舎、ロシア連邦保安庁(FSB)本部など主要な建物を何の抵抗もなく包囲してしまいました。南部軍管区司令部はウクライナ戦争を担当する司令部の本拠地があるところです。

これに対してプーチン大統領は、624日午前のテレビ演説でプリゴジンを糾弾し、同氏が「法外な野心と個人的利益」のために武装反乱を起こし、反逆罪を犯したと非難しました。

しかしその後、プリゴジンと個人的にも親しいベラルーシの独裁者ルカシェンコ大統領が仲介に入り、プリゴジンがロシアで刑事責任を問われることなくベラルーシに渡航すること、ワグネルの戦闘員の一部がロシア国防省と契約を結ぶこと、武装反乱に関与したワグネル戦闘員は起訴されないこと等について合意に至ったことが明らかにされました。

プリゴジンは、「流血の事態になるのを防ぐためにワグネルの部隊に訓練場への帰還を命じた」と述べて、モスクワまで200キロまで迫っていたワグネル部隊の進軍をストップさせたことを明らかにしました。

今回の事件の背景にあったのは、プリゴジンとロシア軍幹部、とりわけショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長との確執でした。すでにこの「内戦」は過去数ヶ月間深刻化しており、プリゴジンは辛らつな言葉で両幹部を罵倒していましたので、「大丈夫か?」と思っていましたが、こんな結末になろうとは…。

プリゴジンとワグネルを「捨て駒」にしようとした露国防省幹部

プリゴジンが、ロシアでは許されていないウクライナ戦争批判を公然と繰り返していたのは、プーチン大統領との個人的な関係があったからだと言われています。プリゴジンとプーチンの関係は古くて、深い。プリゴジンはプーチンの秘密もいっぱい握っていることでしょう。

プリゴジンがワグネルを結成したのは2014年5月で、当時ロシアが不法に併合したクリミアでロシア軍を支援し、ウクライナ東部の親ロシア派分離主義者を支援するためだったと言われています。

その後ワグネルはシリア、リビア、スーダン、マリ、中央アフリカ共和国、マダガスカル、モザンビーク、ベネズエラでの活動が確認されています。ワグネルは、プーチンの対外政策を側面支援しつつ、プリゴジンは自身の権力も強化していきました。

ワグネルは、昨年ロシアがウクライナを侵攻した後にウクライナに戻っています。シリアから戦闘員を募ってウクライナの戦場に送ったとも言われています。ロシア軍は緒戦で大きな損害を被ったことから、プーチンは戦場でプリゴジンの助けを借りなくてはならなくなったのでしょう。ワグネルは、プーチンから許可をもらってロシアの刑務所から戦闘員を募り戦力を増強しました。今年1月にはウクライナ東部ソレダルを制圧し、連敗続きだったロシア軍に貴重な勝利をもたらしました。

さらに東部ドネツク州の要衝バフムトをめぐる激しい戦闘にワグネルは囚人部隊を投入して突き進んでいきます。この凄惨なバフムトの戦いで、ウクライナ軍とワグネル軍は激しい消耗戦を展開したのですが、この戦闘を通じてショイグ国防相、ゲラシモフ参謀総長とプリゴジンの対立はますます激しくなっていきました。

前線でワグネルの戦闘員たちが死に物狂いで戦っているのに、ロシア国防省はワグネルが必要とする支援を提供しない、としてプリゴジンは不満を募らせていきます。プリゴジンは国防省内の権力闘争にも関与するようになり、ショイグやゲラシモフの追い落としを画策したりしましたが、昨年10月頃からプーチンはショイグやゲラシモフの肩を持つようになり、今年1月にゲラシモフをウクライナの戦域司令官に任命しました。

ロシア国防省はワグネル軍への武器・弾薬の補給を制限するなどしてワグネルに対する嫌がらせを続け、ワグネル軍とウクライナ軍をバフムトで消耗させることを画策したようです。ショイグとゲラシモフは、プリゴジンとワグネルをバフムトで「捨て駒」にしようとしたとも言えるでしょう。

しかし、それでもワグネルは多大な損害を出しながらも4月にバフムトを制圧しました。そして5月5日には「武器・弾薬不足」を理由に一方的にバフムトから撤退すると発表します。その時プリゴジンはワグネル兵の遺体が多数横たわる中を歩く自らの動画をソーシャルメディアに投稿し、ロシア国防省幹部を激しく非難しました。この動画が凄まじい!

「ショイグとゲラシモフは戦争を個人的な娯楽に変えた」「その気まぐれのせいで、想定される水準の5倍もの戦闘員を失った。彼らは自らの行為の責任を問われるべきだ。ロシアではこれを犯罪と呼ぶ」とプリゴジンはまくし立てました。

プリゴジンは、プーチン大統領が侵略の目的の一つとして掲げたウクライナの「非武装化」にロシアが「失敗」し、戦争が見事に裏目に出たことも断言。非武装化どころか、この侵略によって「ウクライナの軍隊は世界で最も強力な軍隊の1つになり」、ウクライナ人は「全世界に知られる国家」になった、と皮肉交じりにプーチンの戦争の失敗を指摘したのです。

プリゴジンは、ロシア富豪の贅沢な生活に対する国民の怒りを引き合いに出し、彼らの家が「投石器」を持った人々によって襲撃されるかもしれない、と革命すら起きかねないと警告。彼は、ショイグ国防相の娘であるクセニア・ショイグが、婚約者でフィットネス・ブロガーのアレクセイ・ストリアロフとドバイで休暇を過ごしているところを目撃されたことを例に挙げました。

戦場に送られる貧しい国民と政権幹部のエリートたちの生活の違いを強調し、「この分裂は、1917年の革命のように、まず兵士が立ち上がり、次に彼らの愛する人たちがそれに続くという形で終わるかもしれない」と警鐘を鳴らしていました。プリゴジンは、そんな兵士たちによる「革命」を促そうとしたのかもしれません。

プリゴジンはこの時、ワグネルがこのバフムトの戦闘で2万人の戦闘員を失ったことも明らかにしました。そして、ウクライナによる反転攻勢が今にも本格化しようという時に、「あとは宜しく」とばかり、ワグネルの戦闘員たちを戦場から撤収させ、ロシア正規軍にバフムトを引き渡して去っていったのです。

ワグネルVSロシア軍

もうこの頃にはワグネルとロシア軍は「敵同士」のような関係になっていました。バフムトから帰る途中の道に、ロシア軍が地雷を仕掛けたため、ワグネル軍が地雷を除去しようとしたところ、ロシア軍から発砲を受けたとプリゴジンは非難していました。

この報復として、6月5日にワグネル部隊は、発砲を命じたロシア軍の中佐を逮捕し、その模様を動画にしています。

プリゴジンの行き過ぎた言動に手を焼いた国防省幹部は、ワグネルを含むすべての非正規部隊を正式に国防総省の管理下に組み込むことを決定。6月10日にショイグは通達を出し、ワグネルの戦闘員たちに個別に国防省と契約するよう呼びかけ、その期限を7月1日にしたのです。

米戦争研究所は、プリゴジンの反乱の動機として、「ワグネルを独立した部隊として維持する唯一の道は、ロシア国防省に対抗して進軍することであり、ロシア軍内の離反者を確保するつもりだった」と分析しています。おそらくその通りではないかと思います。

プリゴジンは、「ワグネルの部隊を完全に失うよりも、国防省の指導者を変えるために自身の部隊を使うリスクを選んだ」ということになるのでしょう。しかし、期待したような軍内の離反者は出ず、プーチンからも「反逆者」呼ばわりされたことから、ルカシェンコの提案した取引に乗ったのではないでしょうか。

低下するプーチンの統率力

しかし、プリゴジンの武装蜂起を「反逆罪」で罰すると誓ったプーチンが、結局プリゴジンやワグネル戦闘員を無罪放免にして決着させることになりました。それで大丈夫なのでしょうか?大統領に反乱を起こしても許される前例を作ってしまってプーチン支配は持つのでしょうか?

最大4,000人の戦闘員と、装輪装甲車MRAP、T-90M主力戦車、BMP歩兵戦闘車両、パンツィール防空システム、グラドMLRSシステムなどで重武装するワグネルの部隊がもしあのままモスクワへの進軍を続けていたら、プーチンはモスクワを守ることが出来ていたのでしょうか?

多くの疑問が残ります。いずれにしても、自分の部下たちの権力闘争をコントロールすることが出来ず、武装反乱を許してしまったことは、独裁者としてのプーチンの指導力の低下を意味していると考えて間違いないでしょう。

ウクライナ戦争の失敗を声高に語ったプリゴジンのメッセージが、今後のロシア国民のウクライナ戦争に対する姿勢にどのような影響を与えるのか、にも注目する必要があります。

また、この危機の間中、ショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長が一切表に出てこなかった点も興味深いと言えるでしょう。今回の事件を通じて露呈したプーチンの指導力の低下と国防省幹部の不在が、今後のウクライナ戦争遂行にどのような影響を与えるのか、引き続き注意深くみていく必要があります。

■ お知らせ

6月21日には古澤忠彦先生の中国の海洋「侵出」③「中国海洋『侵出』の実際」が公開されました。是非ご視聴ください。

6月30日には第47回外交・安全保障月例セミナーでOASIS講師の奥山真司先生が「アメリカで内戦は起きるのか―激動のアメリカン・ポピュリズム―」というテーマでご講演されます。OASIS会員は無料で参加できますので、奮ってご参加ください。
https://oscma.org/diplomatic-security-monthly-seminar/

「世界は今、100年に一度の大きな変動期を迎えています。今こそ歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を基本から学ぶこと必要になっています。

是非一緒に学んでいきましょう!

菅原 出
OASIS学校長(President)