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ロシア国家によるワグネルの乗っ取りとプリゴジンの「暗殺」

学校長 飛耳長目 Aug 30, 2023
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは!オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

 

前回の「飛耳長目」を出したのは、6月末に民間軍事会社ワグネルが反乱を起こした直後でした。あれからだいぶ時間が経ってしまいましたが、8月24日に、ワグネルの創設者プリゴジンが搭乗していた小型機が墜落し、同氏をはじめとするワグネル社の幹部が死亡する事件が発生しました。

 

この事件は、ワグネル利権の乗っ取りを進めるロシア政府の計画を、プリゴジンが妨害したことに対する罰だったと考えられます。6月の反乱にもかかわらず、プーチン大統領はプリゴジンを罰することなく、ベラルーシでの引退生活を認めていました。これは相当に穏便な処置だったにもかかわらず、プリゴジンは自らが築き上げてきたアフリカの権益を、ロシア国防省やその傘下の別の民間軍事会社に奪われるのを見過ごすことができなかったのかもしれない。

 

「プーチンは自分を許してくれるに違いない」と勘違いしたのか、出過ぎた行動をとったプリゴジンを、プーチンは今度は見逃さなかった、というのが現時点での私の分析です。以下、そのように考える根拠をみていきたいと思います。

  

この記事の目次

  • なぜ反乱から2カ月経った今だったのか?

  • ワグネル「乗っ取り」を開始した国防省

  • 再びワグネル戦闘員の募集を開始したプリゴジン

  •  プリゴジンの二度目の「過ち」 

なぜ反乱から2カ月経った今だったのか?

 

6月末のいわゆる「プリゴジンの乱」に際して、プーチンはプリゴジンの命だけは助けてベラルーシで「引退」させることを認めました。プリゴジンを説得して反乱をやめさせたベラルーシのルカシェンコ大統領のメンツを重んじて、ルカシェンコにプリゴジンの身を預けたという見方もできるのではないかと思います。

 

当時は血気盛んなワグネルの戦闘員たちがロシア国内に集結していたことや、ロシア軍内部にもワグネルに同情的な分子が多数いたため、ワグネル戦闘員たちとの流血の衝突を避けるためにも、プリゴジンの処分を穏便に済ませたのだと考えられます。

 

それを裏付ける証言があります。今回のプリゴジンの「死亡」に際して、ワグネルは報復行動をとるのか、という質問を受けたあるワグネル関係者は、「6月末の反乱直後であったらその可能性はあったが今は皆各地に散ってしまっている。夏の休暇を取っている者もいれば、もう次の生活を始めてしまっている者、個別に国防総省と契約した者などさまざまだ。2週間くらいはSNSでごちゃごちゃ言う者がいるだろうが、それで終わりだ、心配ない」と答えています。

 

プーチンがなぜ反乱の時ではなく、あれから2カ月も経った今になってプリゴジンを処刑したのか?その理由の一つは、ワグネルの勢力を文字通り物理的にバラバラに分散させ、団結してロシア政府に立ち向かうことができないようにするために一定の時間が必要だったのでしょう。

 

それと同時にプーチンは、ワグネルの巨大なビジネス帝国の利権の乗っ取りを開始しました。ワグネルの持つアフリカのビジネスは、毎年数百万ドルの収入をロシアにもたらしています。スーダンの金(ゴールド)や中央アフリカのダイヤモンドの利権は、西側の制裁下におかれるロシアにとって貴重な収入源の一つだとされています。

 

ワグネル「乗っ取り」を開始した国防省

 

6月末の反乱後、ロシアの治安機関はプリゴジンの所有する様々な会社からPCを含むデータや書類などを押収しています。同時にワグネルと競合する民間軍事会社はワグネルの戦闘員に対してリクルート活動を展開したことが伝えられていました。

 

しかし、ワグネルや他のプリゴジンの手がけてきたビジネスの多くは、密輸や違法な取引をベースにしているものが多いため、正式な契約書などはなく、プリゴジンが非公式に個人のネットワークと信用でアレンジしてきたものが多いとされています。つまり、プリゴジンしか把握していないことがたくさんあったため、ワグネル利権を乗っ取るには一定の時間を要したことが考えられます。

 

プーチンは、ロシア国防省に近い2つの民間軍事会社にワグネルの利権を渡そうと考えていたようです。米ワシントン・ポスト紙によると、一つは元ワグネル社員のコンスタンチン・ピカロフ氏が昨年始めたコンボイ(Konvoi)社であり、もうひとつはすでにシリアで活動を展開しているRedut社だとされています。

 

ところがプリゴジンは、ワグネルのアフリカ利権を失うのを防ぐために、ロシア政府の計画を妨害しようとアフリカの指導者たちと個別に連絡をとるなど動きを活発化させました。7月末にはサンクトペテルブルクで開催されたロシア・アフリカサミットに姿を見せ、アフリカ首脳たちと個別に会談しようとしたことも分かっています。実際一部の首脳と会っている写真が公開されました。

 

しかし、アフリカの首脳たちは、事前にプーチン大統領からプリゴジンとは会わないようにと念を押されていたそうです。ここからも、プーチンがプリゴジンの動きを快く思っていなかったことがわかります。

 

実際、アフリカの首脳たちはクレムリンの豪華な会議室に招かれましたが、もちろんプリゴジンは中に入れてもらえず、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の特殊作戦部門の長官をつとめるアンドレイ・アヴェリヤノフ大将が説明をしたと報じられています。また、その会議には有名な武器商人のビクトル・ボウトの姿も見られたと米ウォールストリート・ジャーナル紙が伝えています。

 

ボウトは、昨年ロシア政府が、ロシアで収監していた米女子プロバスケットボールリーグのスター、ブリトニー・グライナー選手との囚人交換で取り戻した人物。かつて国連の報告書で「アフリカ各地の武装集団に対する武器の主要な供給者」であり、米検察当局にも「世界で最も成功した巧妙な武器密売人」と言われた伝説的な武器商人です。

 

プーチンは、プリゴジンが取り仕切ってきた複雑な裏取引を乗っ取るには、ボウトのような裏取引のプロの助けが必要だと考えたのでしょう。これを知ったプリゴジンは、自身が築き上げてきたアフリカのビジネス・ネットワークが、GRUに乗っ取られることを本気で心配したのではないでしょうか。

 

再びワグネル戦闘員の募集を開始したプリゴジン

 

ちょうど7月末にはアフリカのニジェールでクーデターがあり、親米の大統領が追放されると、プリゴジンはすぐにニジェールの新しいリーダーに対してワグネルのサービスを売り込もうと画策し、実際にマリにいるワグネルの幹部がニジェールの指導者と面談したことが伝えらました。

 

そして730日にはSNSのテレグラムのチャンネル(https://t.me/grey_zone/19764)で録音メッセージを発信し、ワグネルの元戦闘員たちに、近いうちに募集をかけるのでコンタクトをとってくれ、と告知したのです。

 

「今日、私たちは次の課題を定義しており、その輪郭はますます明確になってきている。もちろん、これらはロシアの偉大さの名の下に遂行される任務だ」

 

「もしあなたたちが私たちと連絡を取ってくださるのであれば、とてもありがたく思いますし、祖国の利益を守ることができる新しいグループを作る必要が生じ次第、私たちは必ず募集をかけます」プリゴジンはこのように述べていました。

そして8月にプリゴジンは中央アフリカやマリに自ら出向き、ワグネルのビジネス継続のために画策し、反乱後初めての動画まで公開。「ワグネル・グループは偵察・捜索活動を行っている。ロシアをあらゆる大陸でさらに偉大にする!そしてアフリカをさらに自由に」と述べたのです(https://t.me/grey_zone/20134)。

 

このようにプリゴジンが大口を叩く動画は国際的にも大きく報じられましたが、それから48時間後に、プリゴジンを乗せた飛行機が墜落し、彼は帰らぬ人となったというわけです。

 

ロシア政府がアフリカにおけるワグネルの利権を乗っ取ろうとしている最中、プリゴジンは新たなミッションのためにウクライナで共に戦ったワグネルの戦闘員たちを再び呼び戻そうと動き出しました。そしてこの行動がプーチンの逆鱗に触れたのだと思います。

プリゴジンの二度目の「過ち」

 

実は、反乱から5日後の629日にプーチン大統領はクレムリンにプリゴジンやワグネル幹部を呼び、3時間協議していました。この会談の模様についてプーチン自身がロシア紙とのインタビューで明らかにしています。

 

それによると、この時プーチンは、ワグネル幹部の一人でロシア内務省元中佐のアンドレイ・トロシェフ司令官の下でワグネルを再編成したらどうかと提案したというのです。トロシェフは、ウクライナ戦争中にプリゴジンと国防省の主要な連絡役をつとめていた人物だとされており、実際には国防省と通じていたのでしょう。トロシェフは6月の反乱後に「プリゴジンを裏切り、国防省との取引に熱心だった」として、ワグネルからは追放されていたそうです。

 

プーチンは、トロシェフを頭にしてワグネルを再編したらどうかと提案したものの、プリゴジンは「ワグネルのメンバーたちは受け入れないでしょう」と言ってこの提案を断った、とプーチン自身が話しています。

 

プーチンとすれば、ワグネルを存続させるための提案までしてプリゴジンの命だけは助けてやったつもりだったのでしょう。しかしプリゴジンはベラルーシでの引退生活に飽き足らず、ワグネル利権をロシア軍に渡すまいと抵抗し、ワグネル部隊の再編に乗り出したことから、プーチンは彼の暗殺を命ずるに至ったのではないでしょうか。

 

今回「撃墜」された飛行機には、ワグネル幹部の中でトロシェフだけは搭乗していなかったと報じられています。プーチンは、この「事件」について、「すべての犠牲者の家族に哀悼の意を表したい」と述べ、プリゴジンについて「才能あるビジネスマンだった」が、「彼は複雑な運命を背負った人物で、人生において重大な過ちを犯した」と述べています。

 

一度ならず二度も「重大な過ちを犯した」プリゴジンを、プーチンは赦すことはなかったのでしょう。

 

8月26日、プーチンは、ワグネルの戦闘員たちにロシア国家への忠誠を誓う署名を命じました。プーチンがワグネルや他の民間軍事会社の従業員に宣誓を義務付けたのは、こうした組織をより厳しい国家の管理下に置こうとする明確な動きだと言えるでしょう。

 

クレムリンのウェブサイトに掲載されたこの政令は、軍のために仕事をしたり、モスクワがウクライナでの「特別軍事作戦」と呼ぶものを支援したりする者は誰でも、ロシアへの忠誠を正式に誓うことを義務づけています。

 

またこの法令では、宣誓する者は指揮官や上級指導者の命令に厳格に従うことを約束するという一行が含まれているのです。

 

今後ロシア政府は、民間軍事会社を国家の管理統制下に置き、活用していくことになるのでしょう。当然、ワグネルの利権は、ロシア軍及び軍傘下の別の民間軍事会社が乗っ取ることになることが予想されます。

 

8月13日には畔蒜泰助先生の「プーチン・ロシアの国家戦略」シリーズの公開が始まりました。また渡瀬裕哉先生の「アメリカ政治の勘所」シリーズも第4弾まで公開されています。是非ご視聴ください。

 

「世界は今、100年に一度の大きな変動期を迎えています。今こそ歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を基本から学ぶことが必要になっています。

 

是非一緒に学んでいきましょう!

 

菅原 出

OASIS学校長(President