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イスラエルの「終わりの見えない戦争」

イスラエル ハマス 学校長 Oct 16, 2023
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは!オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

10月14日、イスラエル軍は、「陸、海、空からの連携した攻撃を含む幅広い軍事作戦を実行する準備を進めている。兵士たちは地上作戦に重点を置き、次の段階の作戦を実行する態勢を強化している」と発表し、近く大規模な地上侵攻に踏み切ると見られています。

イスラエル軍は、ガザ地区北部のすべての住民に対し南部に退避するよう通告を出していて、国連は100万人近いガザの住民が避難を始めており、大規模な人道危機が発生していると伝えています。

イスラエル軍地上作戦の目標

イスラエル軍は、14日、軍事作戦の最終目標は、「ガザを支配し、ハマスの政治的・軍事的指導層を一掃することだ」と発表しました。

イスラエルのガラント国防相は同日、「我々はハマスの支配を破壊する(destroy Hamas)。ハマスの軍事力を排除する。この脅威が存在しないようにする。長引くだろう」と述べています。

要するにイスラエルは、ガザという自治区の「レジームチェンジ(体制転換)」をしようとしているようです。この目標を達成するまでどのくらいの時間がかかるのか、見通すのは困難ですが、少なくとも1~2カ月で終わるような作戦ではないでしょう。

急速に強まるアラブ諸国におけるイスラエル批判

イスラエル軍は、ガザへの地上侵攻作戦に先立ち、すでに激しい空爆を行っていて、本稿執筆時点でガザ地区での死者数は2200名を超え、被害者の半数以上が女性と子どもだと伝えられています。

これを受けて、アラブ諸国では親パレスチナ、反イスラエル感情が急激に強まっています。今後、ガザへの地上侵攻が始まれば、さらにイスラエルに対する憎悪、敵対的な感情が強まることが予想されます。

10日にハマスの最高幹部イスマイル・ハニーヤ氏は、アラブの指導者や国家元首、アラブ連盟のゲイト事務総長に、パレスチナ人の自決権の剥奪を含む国際法と条約に違反するイスラエルの攻撃を終わらせるために、すべての関係者が介入するよう呼びかけました。

同氏は、「パレスチナの人々にはあらゆる手段で自らを守る完全な権利がある」と繰り返し述べ、「占領下で生活する人々が占領権力に抵抗するのは当然の権利だ」と指摘しました。

日本人にとっては、ハマスによるテロの印象が強いと思いますが、アラブ諸国の反応は、基本的にパレスチナに同情的です。特にカタール、クウェート、オマーンが、親パレスチナの姿勢を強く打ち出しています。

サウジアラビアも、イスラエルがパレスチナ人にガザからの退去を求めていることを非難し、「無防備な市民」を標的にし続けていることを非難。16日には、サウジの外相が、国連安全保障理事会のメンバーに対し、国際平和と安全を維持し、イスラエルがガザでの軍事行動を停止する責任を果たすよう、一連の外交要請を行ったと発表しました。

ハマスによるイスラエル攻撃から一週間が経過して、イスラエル軍による反撃の手が強まり、地上侵攻が迫る中、中東のアラブ諸国を中心に、パレスチナに同情的な姿勢が鮮明になり、イスラエルの攻撃や占領に反発する機運が急速に強まってきています。

イスラエルに対する批判の度合いは各国の政治的な立場により温度差がありますが、基本的にイスラエルによる軍事作戦をやめさせ、エスカレーションを抑えるという点ではアラブ諸国の対応は一致しています。

すでに各地でパレスチナとの連帯やイスラエルに抗議するデモなどが開催されていますが、今後は、イスラエル政府関係施設やユダヤ教のシナゴーグなどに対するテロに発展する可能性もあり、注意が必要です。

地域紛争へ拡大する可能性

今後、この戦争がイスラエル内でとどまるのか、もしくは周辺諸国まで巻き込んだ地域紛争に拡大してしまうのかを見極めるうえで、レバノンのヒズボラやシリアのイラン系民兵組織など周辺地域の反イスラエル武装組織が参戦してくるかどうか、にも注意する必要があります。

ただこれまでのところ、ヒズボラ等はイスラエル・ハマス戦争に本格的に入ってくる様子はみられません。

私は、イランが自ら介入してくることはない、とみています。もしイランが戦略的に現在の状況を見ているとするならば、すでにイランにとって望ましい戦略環境になりつつあるからです。

今回のハマスによるイスラエル攻撃の直前まで、サウジアラビアがイスラエルと関係を正常化させ、イランに対して不利な戦略環境が米主導でつくられようとしていました。ところがハマスのテロ攻撃の結果、現在はアラブ諸国がほぼ一体となってイスラエルを非難し、少なくともイスラエルによるさらなるガザ攻撃を中止させ、さらなるエスカレーションを避けるようにと外交的な動きを強めています。

この外交的な動きの中にイランも入り、アラブ諸国とイランが「緊張緩和を望む」という同じ方向に進み、「緊張を激化」させようとしているイスラエルを非難するという構図が出来つつあります。

これはイランにとって好ましいものでしょう。ここでイランの支援するヒズボラが参戦し、イスラエルとイランの戦闘にエスカレートするようなことになれば、折角出来つつあるこの戦略構図がまた変化してしまうかもしれません。

イランとしては、この状況をさらに強固なものにするため、<アラブ・イランVSイスラエル>の構図を維持しておく方が得策だと考えるのではないか、と私は思っています。

もしこの仮説が正しいとすれば、イランはヒズボラやシリアの民兵組織に対して、イスラエルを攻撃しないように、抑えようとするでしょう。

13日にイランのアブドラヒアン外相は、レバノンを訪問し、ヒズボラの指導者ハッサン・ナスララ氏と会談しています。また、その翌日にはカタールでハマスの指導者イスマイル・ハニーヤ氏とも会談。ハマスの目標達成のために「協力を継続することで合意した」とハマスが声明を発表しています。

アブドラヒアン外相自身は、この日、SNSへの投稿で、「イスラエルの戦争犯罪と大量虐殺を止めなければ、事態は制御不能に陥り、遠大な影響をもたらす可能性がある」と警告しています。

イランは、ヒズボラやハマス等の親イラン系武装勢力との連携を強めてイスラエルを牽制しているものの、この戦争を拡大させる意図はない、と予想していますが、今後、ヒズボラ等がイスラエルに対して本格的な攻撃を仕掛けるのかどうか、もしくはイスラエルがこれらの勢力に攻撃を仕掛けて紛争が拡大するかどうか、引き続き注意深く追っていきたいと思います。

「終わりの見えない戦争」に突き進むイスラエル

14日に、キングス・カレッジ・ロンドン名誉教授(戦争学)のローレンス・フリードマン氏が、「終わりが見えない:ガザ戦略を模索するイスラエル(No end in sight: Israel’s search for a Gaza strategy)」という論考を英フィナンシャル・タイムズ紙に寄稿しました。

その中でフリードマン氏は、「戦争時の戦略とは、軍事的手段と政治的目的を一致させることだ」と述べています。「どんなに軍隊が有能で、戦術が素晴らしくても、望ましい目的に到達できないのであれば、何かをあきらめなければならない。目的をより現実的なものにするか、より多くの手段を見つけなければならない。どちらも不可能な場合、その結果は挫折や幻滅、あるいはそれ以上のものになる」と指摘しています。

まったくその通りだと思います。現在イスラエルが掲げる軍事目標、すなわちハマスの現在の指導者を殺害し、現在の軍事能力や軍事的インフラを破壊したとしても、その後ガザをどうするのか、誰が統治するのか?

軍事的にハマスを排除したところで、パレスチナ人の抵抗は収まるはずがなく、武装反乱が起こって新たなハマスができるだけでしょう。要するに、この軍事目標の後の政治的目的がみえないのです。

政治的目的が達成可能なものでない限り、軍事作戦に終わりはなく、何の目標も達成できずに「挫折や幻滅、あるいはそれ以上のものになる」かもしれません。そのような「終わりの見えない」戦いに、これからイスラエルは突き進んでいく可能性があります。

中東の歴史に大きく残るような世界史的なイベントが今、起きようとしています。そうした長期的な視野を持って、これから起こる事を見ていきたいと思います。

 

「世界は今、100年に一度の大きな変動期を迎えています。今こそ歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を基本から学ぶことが必要になっています。

10月9日には畔蒜泰助先生の「プーチン・ロシアの国家戦略」シリーズ③「歴史問題への傾倒から軍事侵攻に至るまで」が公開されています。是非ご視聴ください。

11月11日(土)には第2回OASISシンポジウム「エネルギー・経済安全保障と日本の未来」(https://www.oasis-academy.jp/oasis-symposium-2023-11-11)を開催する予定ですので、皆様奮ってご参加ください。

是非一緒に学んでいきましょう!

菅原 出

OASIS学校長(President