危機的な米・イスラエル関係と再開された休戦協議
Mar 19, 2024
こんにちは!オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。
1.米国で最高位のユダヤ系議員がネタニヤフ首相を批判
3月14日に米民主党上院トップのチャック・シューマー氏が、ガザ戦争をめぐり、イスラエルのネタニヤフ首相が「和平の大きな障害になっている」と述べて、イスラエルに新しい政治指導者を選ぶよう呼びかけました。
シューマー氏は、米国の議員としてもっとも高い地位にいるユダヤ人です。しかもイスラエルの安全保障を大事にしてきた米議会上院議員の重鎮です。もともとパレスチナ寄りでイスラエルに批判的な人がこのような発言をするは分かりますが、自身ユダヤ人でありイスラエルを大事に考えているシューマー氏のような人が、「ネタニヤフ氏はイスラエルの最善の利益より自身の政治的生き残りを優先し、方向性を失っている」と批判したことは注目に値します。
しかもこの発言についてバイデン大統領は翌日、「彼は良いスピーチをしたし、自分だけでなく多くの米国人が共有する深刻な懸念を表明した」と述べたのです。バイデン大統領も、ネタニヤフ首相が「和平への障害だ」と考えていると言ったのと同じことになります。
2.「深刻な危機」に陥るバイデン・ネタニヤフ関係
バイデン大統領はまた、3月7日夜(日本時間8日午前)に連邦議会の上下両院合同会議で行った一般教書演説でも、ネタニヤフ首相について次のように述べて、その行動を激しく非難しました。
「イスラエルの指導者に言いたい。人道支援を二の次にしたり、駆け引きの材料にしたりすることはできない。罪のない人々の命を守り、救うことを優先しなければならない。将来を見据えたとき、唯一の真の解決策は(イスラエルとパレスチナ国家が平和裏に共存する)二国家解決だ。私はイスラエルを生涯支持し、戦時中のイスラエルを訪問した唯一の米大統領として、イスラエルの安全と民主主義を保証する道は他にないと断言する」。
今年の内政・外交方針を示す一般教書演説の中で、バイデン大統領は、イスラエルが「人道支援を二の次」にし、「駆け引きの材料」にし、「罪のない人々の命を守り、救うことを」優先していない、と非難したことになります。
さらにバイデン大統領は、3月9日に放送された米MSNBCとのインタビューで、イスラエルによるラファへの地上侵攻作戦は「レッドライン」を越えることになると警告しました。もしイスラエル軍がこの作戦で大規模な民間人犠牲者を出した場合、「米国はイスラエルへのある種の軍事援助を差し控える」とまで言ったのです。バイデン政権は、初めてイスラエルへの軍事支援を停止する可能性に触れたことになります。
こうした状況について米ウォールストリート・ジャーナル紙は、「バイデンとイスラエルのネタニヤフ首相との関係は深刻な危機にある」と報じましたが、この状況は当然、ハマスやイランにとっても有利に働くでしょう。
3.再開された休戦・人質解放のための協議
こうした圧力に対してネタニヤフ首相は、3月10日に公開された米政治誌『Politico』とのインタビューで「われわれはラファに行く。そこから離れるつもりはない。私にはレッドラインがある。そのレッドラインとは、10月7日を二度と起こさせないことだ」と述べて、バイデン政権の反対にもかかわらずラファへの軍事作戦を続けると断言しました。
さらに3月17日にネタニヤフ首相は、シューマー氏が自国で新たな選挙を呼びかけたことについて、ハマスとの戦いに「有害であり、まったく不適切な行為である」と述べて断固拒否する姿勢をみせました。
「国際社会には、戦争の目的がすべて達成される前に、今すぐ戦争を止めるよう求める人々がいる。彼らは、今選挙をすれば戦争が止まり、少なくとも半年は国が麻痺することを知っている」と指摘し、「もし今、戦争を止めれば、それはイスラエルが戦争に負けることを意味する」と述べて、受け入れられないと述べたのです。
しかし、高まる圧力を受けて、ネタニヤフ政権はわずかながら妥協の姿勢をみせました。16日にネタニヤフ首相はラファへの攻撃計画を承認したと発表したのですが、同時にイスラエル軍は攻撃に先立ち、ラファの人口150万人の「かなりの」部分をガザ中心部の「人道的な島」に誘導するつもりだと発表しました。
また15日にイスラエルは、ハマスが人質と捕虜の交換を伴う休戦の新提案を提示したことを受けて、さらなる協議のために代表団をカタールに派遣することにも同意しました。モサドのバルネア長官率いるイスラエルの代表団は、16日にカタールのドーハで休戦と人質解放のための協議を再開させたことが伝えられています。
ハマスはこれまで、人質と捕虜の交換を始める見返りとして、イスラエルに恒久的停戦に直ちに同意するよう求めており、イスラエル側がこの条件を却下していました。ハマスの新提案は、人質の解放の見返りとして、全面的な停戦ではなくイスラエル軍の段階的な撤退とパレスチナ人囚人の解放を求めているようです。
休戦と人質解放交渉についてのそれぞれの立場は次のようになります。
イスラエル:人質は救出したいが、“ハマス殲滅”等の目標を達成するため、「戦争終結には同意できない」。
ハマス:人質を解放する代わりに「戦争を終結」させ、自分たちの組織を温存し、ガザからイスラエル軍を撤退させ、再びこの地を統治したい。
米国:イスラエルの軍事的な勢いを止め、戦闘の一時休戦から恒久的な停戦につなげたい。そしてガザ戦争を終結させ、パレスチナ国家樹立と同時にサウジアラビアとイスラエルの関係正常化を実現して中東の安定を取り戻したい。
最終的な目標は異なりますが、実は「ハマス殲滅」より「戦争終結」を優先させたいという点で、米政府はイスラエルよりハマスと立場が近いのです。米国もエジプトもカタールも、そしてハマスも、イスラエルによるラファ攻撃を止めさせ、恒久的な停戦に持っていきたいという点では考えが近く、イスラエルだけがそれに反発しています。
3月17日に休戦協議が再開されましたが、このように立場の違いがある中で、まずは休戦に、それから長期的な停戦につなげられるかどうか、そのためには、停戦に反対しているイスラエルを米国が抑えられるかどうかがカギになります。
ネタニヤフ首相は、ラファ攻撃を実行すると宣言していますから、協議は引き続き難航することが予想されています。交渉が継続することで、ラマダン期間中のラファ攻撃が回避されるだけでも意味はあると思われますが、ネタニヤフ首相はいずれかの段階でラファ攻撃を実施すると主張しているので、交渉をどれだけ継続させることができるのか。米国の圧力にネタニヤフ政権がどう対応するのか。協議再開の動きがありながらも、新たな攻撃が始まってしまうのか。引き続き、注意深くみていく必要があります。
「世界は今、100年に一度の大きな変動期を迎えています。今こそ歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を基本から学ぶことが必要になっています。
今後とも一緒に学んでいきましょう!
菅原 出
OASIS学校長(President)