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イスラエルの「報復」はなぜ抑制的だったのか?

イスラエル イラン 学校長 飛耳長目 Apr 23, 2024
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは! オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

1.イランに「報復」・・・しかし何も言わなかったイスラエル

前号の「飛耳長目」で、イスラエルが今後とる選択によって、イランとの報復のエスカレーションが止められなくなり今後の中東秩序が大きく乱れる可能性があるため、「イスラエルが次に下す判断」が非常に重要になってくる、と書きました。

4月19日朝に、イラン中部のイスファハーンに対しイスラエルによる「攻撃」が行われた、との第一報に接した際、「まさか核施設がやられたのか」と一瞬目の前が真っ暗になる思いでした。イスファハーンの周辺にはナタンズ、アラク、フォルドゥといったイランの主要な核施設が集中していて、イランにとっては戦略的にも非常に重要な地域だからです。

しかし、イラン側は、無人機3機を撃墜したとだけ発表し、「大きな被害はなく、核施設を含めたインフラ施設にも被害なし」と発表。事を荒立てようとせずに、平静を装う姿勢が見られました。

後に米メディアが報じたところによりますと、イスラエルは無人機と少なくとも1発のミサイルを戦闘機から発射して、イスファハーンの軍事基地にある地対空ミサイルS-300のレーダーを攻撃したようです。

軍事基地への攻撃は小型無人機によって行われイラン領内から発射されたとの情報もあり、イスラエルはミサイルと無人機を組み合わせた複雑な作戦を行い、イランの防空網を突破してレーダーの一部を破壊する能力を見せたようです。

しかし何よりも重要だったのは、「イスラエルが何も発表しなかった」という点です。これは2007年9月にイスラエルがシリアの原子炉を爆破した時に似ています。この時もイスラエルは何も発表せず、つまりシリアのアサド大統領の面子を潰すことなく済ませたため、シリア側も事を大きくせずにすみました。

今回、もしイスラエルが、自分たちが攻撃したことを公に発表し、先日のイランからの攻撃に対する報復だと宣言したとすれば、イランはさらに何らかの対応をとらざるを得なくなっていたでしょう。

しかし、イラン側は「調査中」とだけ発表し、イスラエルの責任を指摘するような発表を一切しませんでした。

2.瞬時に立ち上がった「防空同盟」

イランに対する「報復」を宣言していたネタニヤフ政権が、なぜこのような「抑制的」な攻撃にとどめたのでしょうか?

これを理解するには、イランによるイスラエル攻撃に際して、米軍をはじめとして欧州諸国や周辺のアラブ諸国が協力してイスラエルの防空に努めたという点を理解する必要があるでしょう。

この点については、前号の「飛耳長目」でも少し触れましたが、より詳しい情報が入ってきました。

4月13日にイランからの無人機、巡航ミサイルや弾道ミサイルの攻撃を受けて、まずこの攻撃を探知したのは、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)のレーダーでした。両国はすぐにこの情報をカタールの米軍に送りました。カタールには米中央軍の司令部がありますが、ここで集約した情報が前線にいる各国の部隊に送られ、それぞれが防空作戦を展開。

無人機やミサイルはイランからイラク領空を通過しましたが、まずそこで駐イラク米軍が防空ミサイルで迎撃。続いてヨルダン上空では、米、英、仏、ヨルダン軍の航空機がイランの無人機を撃墜したとされています。最後に地中海に待機する米海軍の艦艇が残りの無人機やミサイルを迎撃した、というように、敵の情報を関係国が共有して共同でイスラエルを守る防空作戦を実施したのです。

もちろん、イスラエル自身の防空システムもフル稼働したのですが、米主導の多国間協力により「イランの攻撃を99%迎撃する」という奇跡のような状況が生まれたのでした。もっともイランから攻撃について事前通告を受けていたのでここまでの準備ができたわけですが、それでもほぼすべての攻撃を防ぐことができたのは、この多国間の協力がなければ困難だったと思われます。

米国は、トランプ政権の頃から、米国・イスラエル・アラブ諸国のミサイル防衛システムを統合してイランの脅威に立ち向かう「防空同盟」=「中東版NATO」をつくるんだ、と中東外交を進めていたのですが、結局うまくいきませんでした。ところが今回、イランからの大規模攻撃を前にして、瞬時に米主導の「防空同盟」が立ち上がり、機能してしまったのです。

3.両者「痛み分け」

この目覚ましい成果を受けてバイデン政権は、「イランの攻撃に対する防衛に成功したことはイスラエルにとって大勝利。もはや報復は必要ない」と主張。「今こそアラブ諸国との連携を強化して“防空同盟”を強化するチャンスだ。だから報復してはいけない」と述べて、ネタニヤフ首相に自制を促しました。

米国だけでなく、イギリスやフランスもイスラエルを訪れてネタニヤフ首相に報復しないように働きかけをしました。

今回、イスラエルを快く思わないアラブの国々が防空作戦に協力したのは、紛争が地域全体に波及し、自分たちも巻き込まれることを何とか避けたいと考えたからでしょう。もしイランの攻撃でイスラエルに大きな被害が発生し、イスラエルがイランに報復攻撃を行えば、紛争拡大を止めることは難しくなっていたでしょう。だからこそアラブ諸国は米国の要請に従い、皆協力してイスラエルを守ったのです。

しかし、そんな米国や周辺国の懸念をよそにイスラエルがイランを報復し、さらにイランも反撃してくる事態となった場合、アラブの国々は次も協力するでしょうか?米国だって分かりません。この状況は、バイデン政権にイスラエルに対する大きな影響力を与えました。

実際4月22日に米ニューヨーク・タイムズ紙が報じたところによれば、ネタニヤフ政権は当初、イランの首都テヘランを含む複数の大都市の軍事拠点に大規模な空爆をする報復計画を検討していたそうです。しかし、バイデン大統領に加えて英国やドイツの外相などもイスラエルに大規模な報復をしないように働きかけた、と伝えられています。

ガザ戦争が始まって以来、バイデン政権はネタニヤフ首相を抑えることができずに苦労してきたのですが、これだけの防空作戦を指揮し、調整し、また、多大なコストをかけてイスラエルを守ったことで、バイデン大統領は、ネタニヤフ首相に対してかつてないほど大きな影響力を持つようになったのだと思われます。

4月19日のイスラエルの攻撃は、極めて慎重かつ計算された抑制的なもので、これ以上のエスカレーションを避けようとしているように見えます。いざとなればイランの防空網をすり抜けて攻撃できるぞ、というメッセージも伝えたことになります。

このままイスラエルが攻撃を終え、イランも何もしなければ、当面の危機は去り、ひとまず緊張は緩和され、今回は両者「痛み分け」で終わったことになるでしょう。ただ、これからもこうした「危機」が繰り返される可能性がありますので、引き続き注意深く情勢を追っていきたいと思います。


世界は今、100年に一度の大きな変動期を迎えています。今こそ歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を基本から学ぶことが必要になっています。

今後とも一緒に学んでいきましょう!

菅原 出
OASIS学校長(President)