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新たな軍事作戦で緊張高めるイスラエル

アメリカ イスラエル 学校長 飛耳長目 May 14, 2024
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは! オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

1.ラファ侵攻をめぐり再び対立強める米とイスラエル

前号の「飛耳長目」では、4月にイランとイスラエルが全面戦争直前まで緊張を高めましたが、米国の働きかけもあり、イスラエルのネタニヤフ首相がイランとの緊張を緩和させる道を選択した背景について解説しました。

あれからまだ数週間しか経っていないにもかかわらず、イスラエルは、今度はガザ南部のラファを侵攻する作戦を始めるとして、バイデン米政権との関係を再び悪化させています。

4月30日、イスラエルのネタニヤフ首相は、ガザで拘束されている人質の家族との面会で、「われわれはラファに入り、人質解放交渉の成否にかかわらず、完全勝利を達成するためにハマスの大隊を排除する」と改めて宣言。

翌5月1日にはブリンケン米国務長官がイスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相と会談。ブリンケン氏はこの会談で、「ラファで大規模な軍事作戦を行えば、米国が公の場でそれに反対し、米・イスラエル関係に悪影響を及ぼす」と忠告したことが明らかにされました。

バイデン政権は、4月にイランからの攻撃に際してイスラエル防衛に努めたことで、ネタニヤフ首相に対して大きな影響力を持ったはずでしたが、それも束の間だったようです。もしくは、ネタニヤフ首相が米国の意向に従ってイランに抑制的な報復攻撃しかしなかった時点で、「貸し借り」はなくなってしまったのかもしれません。

米国の意向に反してラファ攻撃に進もうとするネタニヤフ政権に対し、バイデン政権は再び圧力を強めています。

2.武器供与停止に踏み切るバイデン政権

イスラエル戦時内閣は5月6日、ラファでの作戦を続けることを決定。バイデン米大統領は同日、イスラエルのネタニヤフ首相と電話会談し、イスラエル軍によるラファの地上侵攻計画に反対すると重ねて強調しましたが、ネタニヤフ政権はラファ攻撃を続ける意志を変えなかったようです。

そこでバイデン政権は遂にイスラエルへの弾薬の供与にストップをかけました。5月7日、バイデン大統領が2000ポンド爆弾1,800個と500ポンド爆弾1,700個のイスラエルへの出荷を保留したことを、米政府高官が明らかにしました。

続く8日には、バイデン大統領が米CNNとのインタビューで、もしイスラエル軍がラファで大規模な地上作戦を展開した場合、砲弾を含む追加兵器を差し控える用意があると明言。「もし彼らがラファに行くなら、私は武器を供給するつもりはない」とバイデン氏は述べ、都市を攻撃するために使われる武器弾薬の供与を停止する意志を明らかにしました。

しかし、イスラエルのネタニヤフ首相は、「必要であれば素手でも戦う」と述べ、イスラエルの戦時内閣閣僚たちも結束してバイデン大統領の「脅し」に抵抗する意志を鮮明にしました。実際、イスラエル軍の報道官は、「われわれはラファでの作戦やその他の作戦に十分な弾薬を持っている」と述べ、たとえ米国が武器弾薬の供与を止めたとしても作戦に影響はないことを強調しています。

確かに短期的に軍事作戦に影響はないと思われますが、もし米国がイスラエルへの武器弾薬の供与を本当に止めるとすれば、長期的にはイスラエルの安全保障に大きな打撃となり、何よりも両国間の同盟関係に傷がつきます。中東地域のパワーバランスにも影響が出て、イランをはじめとする反イスラエル勢力の伸張につながりかねない事態となるでしょう。

こうしたバイデン政権の「脅し」にもかかわらず、イスラエルはラファ攻撃を進める可能性があります。5月9日、イスラエルの戦時内閣がラファにおけるイスラエル軍の「作戦地域拡大」を承認したことが報じられました。

3.終わりの見えない戦争

これに対してバイデン政権は、「ラファを破壊してもハマスの敗北につながらない」ことを強調するようになっています。

5月12日にブリンケン米国務長官は、イスラエルが計画するラファに地上侵攻してもハマスの壊滅にはつながらないと表明。その理由として、イスラエルが「掃討」作戦を実施し、ハマスを打倒したとして「軍を撤収させたガザの一部地域でハマスが活動を再開している」と述べています。

ブリンケン氏は、「ラファで何をしようとも、武装したハマスが大量に残ることになる」と発言。イスラエルがガザの戦後統治について雛形を示さないことで、一時的な戦場での勝利を「持続可能」にすることができず、「混乱、無政府状態、そして最終的には再びハマスが支配する」ことになるとの懸念を表明したのです。

この点は今後イスラエル国内で大きな議論を呼ぶことになりそうです。

バイデン政権は、「軍事作戦だけでハマスを打倒することはできない」。イスラエルの掲げる戦争目的を達成するには、「軍事」だけでは不可能で、交渉を通じた「政治的な解決」が必要であるとして、ネタニヤフ政権の政策を根底から疑問視するような主張を明確にし、ネタニヤフ政権の姿勢を批判するようになっているのです。

実際、イスラエル軍は、ほんの数週間前にガザから大部分の部隊を撤収させ、ガザにおける兵力を最低レベルに低下させたばかりだったのですが、最近になって撤退した場所に軍の部隊が再投入され、戦闘再開を余儀なくされる事例が増えています。

5月11日にイスラエル軍は、ガザ市北部のジャバリアの30カ所の標的に対して空爆を実施したと発表。ガザ北部のこの町は、数カ月前にイスラエル軍が「制圧した」と発表していたところです。

さらにブリンケン国務長官は、ガザ南部の中心都市ハンユニスなどでも「ハマスが復活しているのを目の当たりにしている」と述べており、イスラエルが「ハマス敗北」の目標を達成できずにまさにエンドレスの戦争に陥っていることに対する懸念を包み隠さずに語っています。

ネタニヤフ政権が、このバイデン政権の忠告を無視してラファ攻撃を続けた場合、ラファ侵攻作戦には直接影響しないとしても、今後のイスラエルの安全保障にかかわる重要な武器弾薬の提供にブロックがかかる可能性があります。

また、「ラファ攻撃を実施してハマスに対する完全勝利を達成する」と主張してきたネタニヤフ首相に対し、「ハマス敗北」も「人質解放」も達成できず「終わりの見えない戦争」を続けることに対する批判が、イスラエル国内でも高まることが予想されます。

そうするとどうなるのでしょうか?ネタニヤフ首相がこの状況を一時的でさえ乗り越えるには、イランとの緊張を高めたように、再び外部勢力との緊張を高める方向に進むしかなくなるのではないか、と筆者は思っています。

ネタニヤフ首相は最近、レバノン南部から砲撃を繰り返すヒズボラに対する非難の声を強めていて、イスラエル北部から避難した住民約6万人を新学期がはじまる9月までに帰還させる方針を明らかにしています。

また5月9日にガラント国防相は、「われわれはハマスとヒズボラを攻撃し、防衛を成し遂げる」と演説で述べており、今後、戦闘がイスラエル北部からレバノンへと飛び火する可能性は十分に考えられるでしょう。

すでにガザ戦争開始から7カ月が経過しましたが、この戦争は終わりの見えないまま、イスラエルは新たな作戦を進めています。

まだまだ予断を許さない状況が続きそうです。

 

5月9日には、動画コンテンツ「ガザ戦争と中東の安全保障③米国におけるユダヤ人」を公開しました。本シリーズでは、ガザ戦争に至る歴史的な背景や、米国の中東政策の根幹部分について解説しています。ぜひこちらもご覧ください。

 

「世界は今、100年に一度の大きな変動期を迎えています。今こそ歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を基本から学ぶことが必要になっています。

今後とも一緒に学んでいきましょう!

菅原 出
OASIS学校長(President)