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イランによるイスラエル攻撃はあるのか? 決定的な局面を迎えるガザ戦争

イスラエル イラン ハマス 学校長 飛耳長目 Aug 16, 2024
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは! オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

1.今、報復すればイスラエルの思うつぼ

7月31日にイランの首都テヘランでハマス最高指導者イスマイル・ハニヤ氏が殺害されて以来、報復を宣言するイランや「抵抗の枢軸」によるイスラエルに対する攻撃のリスクが高まり、緊迫した状況が2週間以上続いています。

米バイデン政権が「8月6日までに攻撃が行われる可能性がある」と発表したことから、イラン、イスラエル、レバノンなど関係国からは外国人の国外退避が続き、国際航空便はキャンセルになり、イスラエル政府は市民に対して水と食料の備蓄など敵からの攻撃への備えを呼びかけるなど一気に緊張が高まりました。

しかし、この間に米国や中東のアラブ諸国が、イランに対して報復攻撃をしないようにとの働きかけを強め、イランはガザの停戦協議を優先させて攻撃を先延ばしにする、との観測もみられるようになりました。

しかし、8月11日にイスラエル政府が「数日内にイランが攻撃をする可能性が高い」との分析を明らかにし、バイデン政権も12日に「早ければ今週中にも何かが起こる可能性がある」と発表したことから再び緊張が高まっています。

イランによる報復攻撃はあるのでしょうか?中東で新たな戦争が始まるのでしょうか?最近の状況と各国の思惑を整理してみましょう。

7月31日にハニヤ氏が殺害された直後、イランの最高指導者ハメネイ師は「イランの領域内で殉教したハニヤ氏への血の復讐はわれわれの義務だ」と述べ、イスラエルに直接報復攻撃を行うよう命じた、と伝えられました。また8月3日にはイラン革命防衛隊が、ハマス指導者の殺害に対する報復は「厳しく、適切な時、場所、方法で」行われると発表しました。

こうした発言を受けて、「すぐにでも報復攻撃が行われる」との見方が出て緊張が高まりましたが、それから2週間以上、報復攻撃は行われていません。いくつか理由があると思われますが、最大の理由は、「イスラエルとの全面戦争を避けながら報復攻撃をするのが極めて困難だから」だと思います。

4月にイランとイスラエルが攻撃し合った時には、両国とも「これ以上のエスカレーションを避けよう」と考えていましたので、お互いに「寸止め」で勝負を終えることができました。しかし、当時とは状況が異なり、現在のイスラエルのネタニヤフ首相は、戦争を拡大させてもいいと思っている、つまり、イランに対してより大規模な攻撃を仕掛ける意志を持っていますので、下手にイランが攻撃をしてしまえば、倍返しを食らってしまう可能性があります。

「もしイランがイスラエルに大規模な報復攻撃を行った場合、紛争のエスカレーションをとめられなくなり、イランの新政府と経済が壊滅的な打撃を受ける可能性がある」

過去2週間、バイデン政権は、イランにこのメッセージを伝え、報復攻撃を思いとどまるように働きかけたことを明らかにしています。またカタールなど近隣のアラブ諸国は、およそ以下のようなメッセージを伝えてイランに自制を求めたとされています。

「イスラエルのネタニヤフ首相や極右勢力は、ガザ停戦協議を潰すために紛争をエスカレートさせようとしている。ヒズボラやイランを挑発しているのはそのためだ。この状況で今イランが報復攻撃を仕掛ければネタニヤフや極右の思うつぼだ。それよりは今回の事件を使ってイスラエルに圧力をかけ停戦に応じさせる方が得策である。今、状況をエスカレートさせればイランが最大の敗北者になってしまう…」

イスラエルの挑発に応じて報復攻撃を仕掛けてしまえば、ネタニヤフ首相の思うつぼであることをイランも十分に認識している、だからこそ、いまだに報復攻撃が行われていないのでしょう。

2.それでも何らかの報復は不可欠

でも、イランもヒズボラも、テヘランとベイルートで起きたイスラエルの犯行とされる2つの事件に対して、何らかの報復をしなくてはなりません。

イスラエルに対して、テヘランやベイルートであのような攻撃をした場合、無傷ではいられないということを思い知らせて、将来の攻撃を抑止しなくてはなりません。イスラエルとの全面戦争は望んでいないものの、今回受けた攻撃に対してイスラエルに痛みを伴う報復をすることで、「首都には攻撃しない」という一定のルールを設定しなくてはならない、とイランもヒズボラも考えているのだと思います。

しかし、全面戦争を引き起こすほどの損害を与えることなく、イスラエルにとって一定の価値のある標的を攻撃するというのは、針に糸を通すような非常に難しい攻撃をしなくてはならないことを意味します。報復攻撃の策定に時間がかかったとしても無理はないでしょう。

3.ガザ停戦と報復攻撃をリンクさせるイラン

イランに報復攻撃を思いとどまるように説得していた米国、カタールとエジプトの3カ国の首脳は、8月8日に共同声明を発表し、ハマスとイスラエルに対し、停戦合意のために残された溝を埋めるため、8月15日に停戦協議に参加するよう呼びかけました。

3カ国はイランに対し、「イスラエルに圧力をかけてガザ戦争の停戦協定に同意させるから、それまで報復攻撃をしないように」と説得したのではないかと思います。そもそもハマスとの停戦に合意したくないために、ネタニヤフ首相は戦争を拡大させようとイランを挑発してきたのですから、そのイスラエルに皆で圧力をかけて停戦に同意させることで、ネタニヤフ首相を追い詰めることができるかもしれません。

ネタニヤフ首相はイスラエル国内でも、停戦・人質解放を妨害しているとして、交渉を担当している安全保障チームのメンバーや、人質の家族等から強い批判を受けて苦しい立場にいます。外交的な圧力をかけるチャンスだ、と米・アラブ諸国は考えているのでしょう。

翌9日、イランの国連代表部は、「私たちは、停戦の可能性を損なわないような形で、私たちの対応がタイミングよく実行されることを望んでいる」と述べて、ガザ停戦協議を優先させるために、その妨害になり兼ねない報復攻撃を延期する可能性があることを、初めて示唆しました。

と同時に、イスラエルや関係国に圧力をかけるために攻撃準備を開始。8月11日にイスラエル政府が「数日内にイランが攻撃をする可能性が高い」と発表したのは、こうしたイランの動きを察知したからでしょう。

そして14日にロイター通信は、3人のイラン政府高官の話を引用して、「今週予定されている会談によってガザ停戦合意が達成された場合にのみ、イランのイスラエルへの直接報復を回避できる」と報じたのです。

それによるとイラン安全保障当局の高官は、「ガザ停戦協議が失敗したり、イスラエルが交渉を引き延ばしていると判断された場合、イランはヒズボラなどの同盟勢力とともに直接攻撃を仕掛ける」と述べたのです。イランがどの程度の期間、交渉の進展を待ってから対応するかは明言しなかった、と報じられました。

イランはいつでも報復攻撃をできるように態勢を整えて圧力をかけながら、報復攻撃とガザ停戦を明確にリンクさせてきました。イランは、米国主導の停戦協議を事実上「側面支援する」ことで、停戦に応じるようにとイスラエルに圧力を与えてきたことになります。イスラエルが停戦合意に応じない場合に攻撃すると表明することで、イランがイスラエルに報復攻撃を行ったとしてもそれはイスラエルの責任だ、と説明することができます。

イランは、停戦協議を優先させることで、自分たちの報復攻撃の「正当性を高め」、その攻撃にさらにイスラエルが反撃をしようとしてもしにくい環境を整えているのかもしれません。

15日にカタールのドーハで停戦協議が行われ、米国とカタールの当局者は「交渉は建設的だった」とだけ発表し、16日も引き続き行われることが明らかにされました。13日の時点でバイデン大統領は、合意の可能性について「難しくなっている 」とだけ答えており、合意できるのかどうかは分かりません。

米ホワイトハウスのカービー報道官は15日、「『数日内にイランが攻撃をする可能性が高い』と数日前に述べた状況は継続している。(イランの)攻撃はほとんど、あるいはまったく前触れなしにやってくる可能性があり、われわれはそれに備えなければならない」と警戒を緩めていません。

イランがいつ攻撃を仕掛けるかわからないだけでなく、イスラエルも、イランの圧力にさらされた状態でハマスとの停戦に同意などできない、と反発して、レバノンのヒズボラあたりに先制攻撃を仕掛ける可能性がある、と筆者は考えています。状況は非常に脆弱で、「嵐の前の静けさ」のような雰囲気でもあります。

ガザ戦争は、いよいよ決定的な局面を迎えています。

 


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「世界は今、100年に一度の大きな変動期を迎えています。今こそ歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を基本から学ぶことが必要になっています。

今後とも一緒に学んでいきましょう!

菅原 出
OASIS学校長(President)