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戦争目標を拡大「ヒズボラ」に焦点を当て始めたイスラエル

イスラエル ハマス ヒズボラ レバノン 学校長 飛耳長目 Sep 21, 2024
連載コラム|菅原出飛耳長目

こんにちは! オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。

1.前代未聞の「同時爆破テロ」発生

ガザ戦争に新展開がありました。レバノンでイスラエルによると思われるヒズボラに対する「大規模攻撃」が発生し、中東は戦争拡大の危機に直面しています。

9月17日、レバノン全土でイスラム主義組織ヒズボラの関係者が使用していたポケットベルが同時刻に一斉に爆発し、少なくとも12名が死亡、2,700名以上が負傷するという前代未聞の同時爆破テロが発生し世界中を驚かせました。

中東を長く追っている筆者も、これには驚きました。しかも、翌18日にはヒズボラが使用する携帯無線機等がレバノン各地で爆発し、ベイルートの郊外とベカー高原で20人が死亡、450人以上が負傷したことが伝えられました。

ヒズボラのメンバー数千人が使用するデバイスを狙い、一度に数千名を標的にするような大規模な一斉攻撃は、過去にも例がありません。

もちろん、イスラエルは海外における諜報活動についてコメントしないのが普通ですので、今回の攻撃についても責任を主張することも否定することもしない、といういつもの対応をとっています。しかし、米政府高官2名が米ワシントン・ポスト紙に明らかにしたところによりますと、イスラエルは攻撃前に米国には一切報告せず、攻撃後にインテリジェンス機関の情報ルートを通じてワシントンに報告したのだそうです。

能力的に考えても、意図の面からも、こんな大胆なことを仕掛ける国はイスラエルしかありません。

2.スパイ映画さながらのポケベル販売作戦

ヒズボラは、イスラエルとの対決姿勢を強める中で、自分たちの通信ネットワークの脆弱性を認識していたようです。イスラエルは、ヒズボラ戦闘員が持つスマートフォンを使って彼らを監視し、攻撃の際の標的設定に利用する技術を持っていたからです。そこでヒズボラ指導者のハッサン・ナスララ師は今年の2月頃から、戦闘員たちにスマートフォンを処分するよう命じていたとされています。

その代わりに導入されたのがよりローテクのポケットベルだったのです。ナスララ師は数年前から、スマホの代わりにポケベルに投資することを強く推していたと伝えられていますから、今回の事件を受けてもっともショックを受けているのではないかと考えられます。

ヒズボラ戦闘員たちが保有していたポケベルは台湾のゴールド・アポロ社によって製造されたものだったことが分かっていますが、同社はすでにポケベルを製造しておらず、2年くらい前に同社のブランドと商標のライセンスを取得した外国企業が製造していたそうです。

その外国企業がハンガリーのブダペストで登録されたBACコンサルティング社という会社なのですが、実はこの会社がイスラエル情報機関のダミー会社だったようです。

米ニューヨーク・タイムズ紙が詳細に報じましたが、それによりますと、BACコンサルティング社はイスラエルの隠れみの企業であり、イスラエルの情報機関は、ポケベルを製造する人々の正体を隠すために、少なくとも2つのペーパーカンパニーを設立していたそうです。BACは一般顧客も獲得しており、通常のポケベルも製造していたようですが、彼らが狙っていたのはヒズボラで、そのポケベルは通常の製品とは別個に製造され、高性能爆薬ペンスリット(PETN)を混入したバッテリーが内蔵されたモデルでした。

この爆弾ポケベルは2022年夏にレバノンに少量出荷され始めたとのことですが、ナスララ師が携帯電話を非難したことで、生産が急速に拡大。今年の夏にレバノンへのポケベル出荷は増加し、数千個が同国に到着し、ヒズボラの幹部や同盟者に配布されていたとのことです。

スパイ映画さながらの諜報作戦により、イスラエルはヒズボラに爆弾を仕込んだポケベルを売ることに成功したのでした。

3.ハマスからヒズボラに戦争の標的をシフトさせるイスラエル

それにしても、イスラエルはなぜこのような作戦を仕掛けたのでしょうか?

今回の攻撃のタイミングについては諸説ありますが、ネタニヤフ政権はガザ戦争の焦点をハマスからヒズボラへとシフトさせ、ヒズボラへの攻撃を激化させようとしていた時と重なるため、筆者は、イスラエルが計画している大規模な対ヒズボラ軍事作戦の一環だと考えています。

9月16日にイスラエルのガラント国防相は、「レバノン南部におけるヒズボラとの対立に対する外交的解決の機会が失われつつある」と、オースティン米国防長官に伝えていました。イスラエルのメディアは、「イスラエル軍北部司令部の司令官がレバノン南部に緩衝地帯を設けるための迅速な国境作戦を推奨した」ことも報じていました。

こうした事態を受けて、バイデン政権は、レバノンにおけるヒズボラとの戦闘激化についてイスラエルに警告を発し、レバノン問題担当のホックスティーン特使をイスラエルに派遣。同特使は16日、テルアビブでネタニヤフ首相とガラント国防相と会談しました。

この会談でガラント国防相は、「イスラエルの北部地域住民の帰還を確保する唯一の手段は軍事行動しかない」と伝えたことを明らかにしています。

そして17日、イスラエル政府は、ガザでの戦争の目標を拡大し、ヒズボラによる攻撃により避難を余儀なくされた「イスラエル北部地域への住民の帰還を可能にすること」を現在の戦争目標に含めると発表しました。

またこの安全保障会議では、「この戦争目標を達成するためにヒズボラに対する防御的および攻撃的措置を取る権限をネタニヤフ首相とガラント国防相に与えた」ことも報じられました。これは非常に重要な情報です。

これまでガザにおけるハマスが戦争の主要ターゲットだったのですが、その焦点をハマスからヒズボラに向けることが正式に決定され、そのための「防御的及び攻撃的措置を取る権限」が首相と国防相に与えられたということになるからです。

ネタニヤフ首相は18日に発表した短いビデオ声明で、「私は北部の住民を安全に自宅に戻す。まさにそれを実行するつもりだ」と述べました。現在避難しているイスラエル北部の住民を帰還させるとは、つまり、ヒズボラがイスラエル北部に攻撃出来ないようにする、ヒズボラの軍事能力を削ぐことを意味していると考えられます。

ガラント国防相は、「戦争が新たな局面に入った」と指摘。イスラエルが数カ月にわたりヒズボラと毎日のように交戦してきた北部国境に、さらに軍を増派していることを明らかにしました。「戦いの重心は北部に移っている。つまり、北部の戦場に軍、資源、エネルギーを割り当てているのだ」とガラント国防相は声明で発表しています。

このように政府の公式声明を追うだけでも、イスラエルのネタニヤフ政権がガザ戦争の目標を拡大させ、ハマスからヒズボラへと軍事作戦の焦点を移していることが分かります。その本格的な軍事作戦の始まりとして、今回のレバノンにおける同時爆破テロが位置づけられている、と筆者は考えています。

おそらくイスラエル軍の攻撃目標は、レバノン南部に緩衝地帯をつくり、ヒズボラの部隊を国境から遠ざけることがだと思われます。そのためにも最終的には地上部隊をレバノン領内に侵攻させる可能性がある、と筆者は考えています。

今後ますます中東から目を離せなくなってきました。

 


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菅原 出
OASIS学校長(President)