力の均衡が崩れ、地政学的構造が変化した2024年
Dec 27, 2024こんにちは! オンラインアカデミーOASIS学校長の菅原出です。
1.中東の地政戦略地図を塗り替えたイスラエル
2024年は、中東において力の均衡が大きく崩れ、地政学的構造が大きく変化した一年になりました。言うまでもなく、イランがこれまで支援してきたハマス、ヒズボラが弱体化し、アサド政権が崩壊したことで、イランが長年にわたって構築してきた代理勢力のネットワーク、いわゆる「抵抗の枢軸」ネットワークが壊滅的な打撃を受け、その勢力が後退。結果として、イスラエルに圧倒的に有利な戦略環境が生まれました。
振り返れば、今年の中東は凄まじい事件の連続でした。2024年4月にはイランが歴史上初めてイスラエルに対して直接ミサイルやドローンによる攻撃を行い、イスラエルも報復攻撃を実施。10月にもイランが再びイスラエルに対して弾道ミサイル攻撃を行い、イスラエルも報復攻撃を行うなど、両国が直接的に軍事力を行使し合うという、前代未聞の事態が発生しました。
これまでであれば、イランは代理勢力などを使って間接的に攻撃する、イスラエルも諜報作戦などを使い直接的な軍事力行使はしないというのが「ゲームのルール」でしたが、それがいつの間にかお互いにミサイルを撃ち込むようになったのです。
一歩間違えれば中東大戦争に発展しかねない非常に危険な危機をいくつも経たうえで、結果として、2024年末の時点で、イスラエルは圧倒的とも言える諜報能力と軍事能力、そして敵の脅威を排除することに対する強い決意により、中東の地政戦略地図を同国に有利な形に塗り替えたと言えます。
イランの「抵抗の枢軸」ネットワークの要は、非国家武装勢力としては「世界最強」とも言われたレバノンのヒズボラでした。イスラエルの「勝利」の最大の要因は、このヒズボラに壊滅的な打撃を与えることに成功したことだ、と私は考えています。ヒズボラが「潰された」ことで、アサド政権も打倒され、イランからシリアを通じてレバノンに至るネットワークが崩壊の危機に瀕しているのです。
つまり、イスラエルが「ヒズボラ脅威の除去」に成功したことが、ドミノ倒しのようにアサド政権崩壊やイランの戦略的後退を引き起こしたと言えるのです。
2.ポケベル爆破テロ作戦のインパクト
そう考えていくと、9月中旬にヒズボラ内部をパニック状態に陥れた同時爆破テロが決定的に重要だったのではないか、と筆者は考えています。9月17日、ヒズボラ関係者が使用していたポケベルが同時刻に一斉に爆発し、少なくとも12名が死亡、負傷者は2700名を超えただけでなく、負傷者の多くは目や指に障害を負い、戦闘不能になりました。
また、翌18日にはヒズボラが使用する携帯無線機(トランシーバー)等がレバノン各地で爆発し、ベイルートの郊外とベカー高原で20人が死亡、450人以上が負傷したのです。
この世界の諜報史に残る作戦について、引退した2人のモサド工作員が12月22日に放送された米CBSの番組「60 minutes」で証言しています。
モサド工作員によれば、爆弾を仕込んだトランシーバーをヒズボラに売り込む作戦はすでに10年前から行われていたそうです。イスラエルはヒズボラに1万6000台ものトランシーバーを売却しており、それを約10年間起爆させずに時を待っていたというのです。この秘密を守り通したことも凄いと言わざるを得ません。
一方のポケベル爆弾の工作は2022年に開始され、モサドは台湾のポケベル製造会社ゴールド・アポロ社の元営業マンでヒズボラを担当していた人物を雇い、ヒズボラに爆弾入りポケベルを売り込み、今年の9月までに5000台を販売することに成功していたとのこと。
この作戦の狙いはヒズボラ戦闘員の殺害ではなく、彼らに戦闘不能になるような負傷を負わせることで、ヒズボラにコストをかけさせ、また、戦闘不能になったヒズボラ関係者の存在を見せつけることで、イスラエルの諜報能力の高さを示して心理的な圧力を与えることだったそうです。
しかしこの作戦の効果は、モサドの狙い以上だったようです。元工作員は、ポケベル爆破テロの2日後にヒズボラの最高指導者ナスララ師の演説をみた印象を次のように語っています。
「彼の目はもう死んでいた。彼はこの時点ですでに戦争に負けていた。そして、彼の演説の間、ヒズボラの戦闘員たちが打ちひしがれたリーダーの姿を目にしていた」と。
この作戦後、イスラエルは畳みかけるようにヒズボラの拠点を空爆し、9月27日にはレバノンの首都ベイルート郊外のヒズボラ本部に合計80トン近い爆弾を投下してナスララ師を殺害してしまいました。
その直後の9月30日にイスラエルのネタニヤフ首相は、「この作戦は、中東における新たな勢力均衡を作り出すためのより広範な戦略の一部だ。この戦略では、イスラエルは疑いようのない圧倒的な地位を築く。敵も友人も、イスラエルを再びありのままに見ることになるだろう。すなわち、強固で断固とした強力な国家としてのイスラエルだ」と発言していました。
イスラエルは、ヒズボラを打倒することで、「中東に新たな勢力均衡を作り出す」ことを戦略的に進め、実際にそのような地政学的な現実が2024年の末時点で生まれているのです。「凄まじい」としか言いようがありません。
ヒズボラの脅威を取り除いたことで、パワーの均衡が失われ、その後、ドミノ倒しのように政治的変動がシリアに波及していきました。こうしてイスラエルは、ネタニヤフ首相が宣言したように、「圧倒的な地位」を築いたのです。
3.新たな戦略ゲームの始まり
繰り返しになりますが、イスラエルの高度な諜報能力と軍事能力に加え、敵の脅威を排除することに対する断固たる決意が、中東の地政戦略地図を同国に有利な形に塗り替えることを可能にしたと言えるでしょう。
一つの政治的なイベントや諜報作戦、軍事作戦や安全保障上のイベントが、次のイベントの原因となって連鎖反応が起きるということを、2024年の中東は改めて示すことになりました。本当に勉強になります。一つ一つの政治的イベントや軍事・安保イベントの持つ意味や、それらが引き起こす副作用を分析(予測)することの重要性について、改めて考えさせられる一年だったと言えるでしょう。
来年は、2024年に新たに生まれた地政学的構造の中で、また新しい戦略ゲームが展開されることになるでしょう。圧倒的に優位なポジションに立つイスラエルと、歴史上もっとも親イスラエルの米国大統領が、この戦略環境を生かしてどのようなゲームを仕掛けてくるのでしょうか? また劣勢に立たされた国や勢力はどんな手を使って対抗しようとするのでしょうか?
各勢力は、新しい地政学的現実を見据えて、新たな戦略を練ってくるはずです。2025年、中東では新たなゲームが始まりそうです。
来年は、一つ一つの事象の意味やそのインパクトを、今年以上に丁寧に分析することを心がけたいと思います。
12月21日には稲村悠先生の「日本における諜報活動と求められるカウンターインテリジェンス」のシリーズ第4弾(北朝鮮)が公開されています。是非ご視聴ください。
「世界は今、100年に一度の大きな変動期を迎えています。今こそ歴史や地政学をはじめ、国際政治や安全保障を基本から学ぶことが必要になっています。
今年も大変お世話になりました。来年もどうぞ宜しくお願い致します!
菅原 出
OASIS学校長(President)